1.遂に“のぞみ”運用から撤退を開始

 登場から11年に渡り東海道山陽新幹線の“のぞみ”を主にして活躍して来た500系だが、いよいよその“のぞみ”運用から撤退する時が迫りつつある。その異彩を放つ顔立ちに誰もが魅了された車両も、最新技術を駆使して造られたN700系には流石に叶わなかった。N700系の増備に伴って、07年10月より運用本数を徐々に減らし、08年3月15日のダイヤ改正からは9A、29A、6A、50Aの1日当たり4列車2往復にまで活躍の場が減ってしまった。JR東海・西日本両社の発表によれば、2009年度までには直通“のぞみ”を全てN700系に置き換え、2011年を目途に東海道山陽新幹線を走る全ての“のぞみ”をN700系に置き換えるというのだから、500系が定期“のぞみ”運用から完全に撤退するのも時間の問題だろう。
 そんな中で、2007年11月1日にひっそりと車籍を抹消された500系があった。500系では初となる車籍抹消。対象となったのは97年8月30日に落成したW3編成だ。

西明石を駆け抜ける9507A@W2編成

しかし、この車籍抹消が即ち全車廃車という訳ではない。短編成化改造を施し、“のぞみ”運用から離脱する500系に第二の使命を与えるためのものだったのである。


2.500系の第二の使命

夕日に照らされて大阪市内を走る34A

 “のぞみ”運用から撤退した500系は短編成化改造によって8両編成へと生まれ変わった後、山陽新幹線内を走る“こだま”運用に就くことになる。臨時運用などで“ひかり”運用に抜擢されることはあるかもしれないが、基本的に定時運用は“こだま”のみのようだ。“のぞみ”から“ひかり”をすっ飛ばして“こだま”になるという事実に衝撃を受けた方も多いと思うが、その理由を次のように推測してみた。
 まず1点目。現在の山陽新幹線内を走る“こだま”といえば0系と100系が殆どであるのは周知の事実だが、どちらの最高速度も220km/hである。N700系とは実に80km/hも速度に差が生じてしまっているのだ。それ故、ダイヤを組むにもかなりの制約があり“のぞみ”や“ひかり”を待避するために10分以上停車する駅もある状態。結局、長時間停車によって所要時間が大幅に掛かることなどを理由に利用客が低迷しているのも、残念ながら間違っているとは言えない状況だろう。

それ故に、最高速度270km/hでの営業運転とそれによる所要時間の大幅な短縮により集客力の向上を図るため、0系R編成を500系で置き換えることにしたのではないかと考えたのだ。
 続いて2点目だが、現在山陽区間内のみを走る定期“ひかり”は700系E編成充当の“ひかりレールスター”で全て賄うことが出来ている上に、予備車も存在することから、新たに“ひかりレールスター”用の車両を投入する必要がないためというのも理由の1つとして考えても良さそうである。
 また、改造工事というのは車両を新製する時とは違い数多くの制約がある中での作業となることから、“ひかりレールスター”の指定席車両と同じ5両分の座席を2&2シートへ変更出来る程流用可能な座席数を確保することが難かしかった模様。そうなると、指定席料金でゆったりと旅が出来る“サルーンシート”を売り文句としている“ひかりレールスター”と共通運用を組むことも難しくなってしまうだろう。

W1編成とW8編成が新神戸で並ぶ

そんなところからも、500系を定期“ひかり”の運用ではなく定期“こだま”の運用に投入する背景を汲み取ることが出来るのではなかろうか。


3.短編成化改造の概要

 さて、ここまでは“こだま”運用投入への経緯を綴って来たが、ここからいいよ短編成化改造の概要を見て行くことにしよう。まずは編成名だが、元来の16両編成がW編成を名乗っているのは既にご存知の通りである。では、短編成化改造を施した8両編成はどんな編成名を名乗っているのか。答えは簡単!!16両の編成を半分の8両編成にする…つまりWの文字を半分にしてV編成という訳(笑)。『え?そんなので良いの?』とツッコミたくなるような何ともユニークな発想である。V編成と言えば、2002年11月をもって引退した100N系“グランドひかり”に充てられた編成名で、今回の500系短編成化に伴って再び復活となった。また、編成番号の方はW編成の時のものを引き継ぐ形を取っているので、今回改造工事が完了したのは『V3編成』ということになる。また、番台区分は700系E編成と同じ“7000番台”を名乗っている。
 続いては、何故8両編成なのかという話。下の図のように、500系W編成は博多方よりM+M+Mp+Mという4両で1ユニットを組んでおり、それを4組繋げて16両編成としている。それ故、0系や100系のように6両編成に改造することは出来ないし、4両編成では1ユニットのみで短すぎる。そんな理由があって、2ユニットからなる8両編成になったのである。

しかし、単純に真ん中の2ユニットを抜けば改造は終わりという訳ではないのが難しいところ。パンタグラフや乗務員室に加え、車販準備室や車椅子対応設備、多目的設備なども必要なため、改造も一筋縄ではいかないのが実情だ。
 そんな8両の500系V編成だが、まずは元の16両編成から選び出した8両を下の図を使って紹介しよう。

第1ユニットは元の編成のそれをそのままスライドした形となっている。注目すべきは第2ユニットだ。こちらはかなりバラバラなところから引っ張って来ており、5号車にパンタ付きの元13号車、6号車には乗務員室を備えたグリーン車の元10号車、7号車には車椅子対応設備や多目的設備を持ち合わせた元11号車が選ばれた。外塗装は従来のデザインが引き継がれている。また、8号車は当然ながら元16号車である。以下に今回改造工事を終えて出場したV3編成の編成組成を明記した。

500系7000番台V3編成組成      
編 成 号 車 @ A B C D E F G
V03
形 式
車 号
車 種
定 員
521
7003

(53)
526
7007

(100)
527
7005

(78)
528
7003

(100)
525
7006
M’
(95)
526
7203

(68)
527
7703
PKH
(51)
522
7003
2C
(63)

4.V3編成の出場試運転を撮る

 短編成化の概要を述べたところで今度は08年3月28日に行われたV3編成の出場試運転の模様をお知らせしよう。本来であればここで具体的な改造内容を紹介するべきですが、掲載する写真の都合上内容の順序を入れ替えてあることについては御理解頂きたいと思います。
 28日はV3編成の本線初走行日ということで報道陣も招かれ、博多駅では多くのメディアが取材を行っていた。私もこの試運転の撮影を目的にムーンライト九州を使って遙々中部地方から遠征したという訳だ。 

 現地に着くと練習を何回も繰り返した。、万全の状態で本番に臨むためだ。28日のV3編成の行路は博多総車と小倉駅の間1往復するというもの。8950A-8951Aという臨時試運転列車に充てられる列車番号を名乗っていたものの、スジ自体は0系や100系が全検明けに行う4910A-4911Aという試運転ダイヤに重複していた。改造後の初走行ということで、まずは220km/hで足慣らしをしようという考えのようだ。小倉駅での入線番線は上1番線で、1時間の停車時間の間に各部の点検を行うのも普段の全検明け試運転と変わらない。だが、この小倉駅にもJR西日本の広報の方などがやって来ていて、新車の発表会さながらのムードとなっていた。
 14時02分に643Aが発車。それから少し経つと、上りホームにアナウンスが入電した。『間もなく14番線に回送電車が…』…。いよいよ本番。緊張した面持ちでカメラを構えると、遠くから目的の500系V3編成がゆっくりと現れる。流石500系とも言うべきだろうか、定刻よりも若干早めの到着だ。

臨試電8950Aこと500系V3編成が小倉駅に姿を現す
遂にポイントを渡り小倉駅上1番線に入線

徐々にシャッターポイントへと近づいて来るV3編成を前に緊張が走る。W編成との違いもパッと見でよく分かり、撮影出来る喜びもひとしお。そして…遂にV3編成が小倉駅のポイントに差し掛かった!!
緊張の中でとにかくシャッターを切った。居合わせた仲間の方々も次々とシャッターを切る。私は、この1枚を撮影するとすぐさまもう1台のカメラで各号車の形式写真を撮影した。その写真は以下で使用しているのでそちらの方も是非ともご覧頂きたく思う。入線後は撮った写真を確認しつつ上りホームへと移動。自分としては満足出来る1枚に仕上がったので一安心だ。
 上りホームではとにかく各号車の写真を撮りまくった。ロゴマークや車体番号、パンタグラフなどなど。足回りが写せないのは難点だったが、それでも50分以上撮影出来るのは小倉駅折返ならではだと思う。
 そして、各号車の形式写真を一通り撮影した後は小倉駅15時02分発の647Aに乗車し博多駅へと先回り。

小倉駅での50分間は本当にあっという間の50分間だった。博多駅に到着後は、カメラの調整を行いつつ21Aで試し撮りをして念入りに設定の確認を行った。返しの8951Aは下1番線入線なため、望遠で狙うならポイントで分岐する前に仕留めなくてはならない。8両とはいえど個人的には望遠で圧縮して撮影するのも好きなため、今回も超望遠での撮影だ。15時56分、いよいよV3編成が博多駅に差し掛かる。緊張の一瞬…。

博多駅に戻って来た8951A@V3編成

自分の中では久々のベストショットとなったこの1枚。行った甲斐を見い出せた瞬間だった。超望遠での1カットを撮影したら、今度はもう1台のカメラで下1番線に入線するところも1枚撮影する。当に慌ただしいの一言に尽きる状況だったが、こちらも良い感じに決まってくれたので満足だ。しかし、停車時間が6分しかなかったことからとても下りホームまで行く余裕などなく、最後は上りホームより望遠でお見送りとなった。…というか、私がカメラを撤収して1号車端に着く前に先にV3編成が発車して行ってしまったため、仕方なく望遠で狙ったといった方のが正解かも…(苦笑)。

下1番線に進入するところも1枚 博多駅を後にし博多総車へと帰って行くV3編成

 そしてこの8951Aの博多駅発車を見届けたところで、遠征のメインイベントが終了。この後は鹿児島本線で再び小倉駅へと戻ったという訳だ。



5.短編成化における各号車の具体的な改造内容

 V3編成の試運転時の模様を紹介したところで、今度は本来はそれより先に紹介すべきだった具体的な改造内容について以下で紹介したいと思う。下の図は短編成化改造の要点をまとめたものだ。

 まず全体を見通してみれば、全車普通車化と共に全席禁煙化が図られたことが車内環境では大きな変化となる。尚、客室内の内装に関しては主だった変更点は少なくその殆どが新品に交換するリフレッシュのみの模様。元グリーン車の座席はオーディオ機器やフットレストなどが取り外されて、普通車の座席として使用されているとのことだ。それから、全席禁煙化に伴って3号車と7号車には側窓を塞いで喫煙ルームを設置した。
 続いては各号車の詳細な改造内容になる訳ですが、こちらは号車ごとに別枠で掲載する形を取りました。つきましては、下記の『500系V編成短編成化改造各号車詳細内容』より号車ごとの改造内容をご覧下さい。

5−1.500系V編成短編成化改造各号車詳細内容

500系V編成短編成化改造詳細内容
1号車(元1号車)
  1号車 
500系V編成短編成化改造詳細内容
2号車(元2号車)
  2号車 
500系V編成短編成化改造詳細内容
3号車(元3号車)
  3号車 
500系V編成短編成化改造詳細内容
4号車(元4号車)
  4号車 
500系V編成短編成化改造詳細内容
5号車(元13号車)
  5号車 
500系V編成短編成化改造詳細内容
6号車(元10号車)
  6号車 
500系V編成短編成化改造詳細内容
7号車(元11号車)
  7号車 
500系V編成短編成化改造詳細内容
8号車(元16号車)
  8号車 

 以上が500系短編成化の経緯と改造から試運転に至るまでをまとめたものである。


▼ あとがき

 こうして07年11月1日に車籍を抹消されたW3編成は年を跨いだ08年3月28日にV3編成として生まれ変わり第二の使命を与えられた。現在はW5編成も博多総車にて改造工事を行っているようだ。JR西日本の公式発表によれば、V編成の営業投入は08年12月以降とのこと。従って、それまでの半年ちょっとの間の空白期に様々な試験を行うのではないか…それが私の考えだ。特に、今回の改造で新たに採用したパンタグラフ系統に関しては営業投入の際に形がちょっと変わっていたなんてことも有り得るので、しっかりと記録しておきたい。また、試運転があるのであれば、営業運用では見ることの出来ないような珍しいダイヤも組まれることだろう。そういった風景も出来る限り沢山撮影したいものである。
 8両化改造に回されなかった残りの車両は惜しくも廃車となるが、それは致し方のないこと。しかし、300系が短編成化されずに全車廃車の運命にあることを考えれば、500系が“のぞみ”運用を退いた後も山陽新幹線で活躍出来ることは幸せなことではないかと思う。今後も500系の末永い活躍を願って止まない。

2008.04.01 THE SUPER EXPRESS since 1964 管理人 YOS


※参考文献

 ・ 鉄道ジャーナル2008年5月号 『 500系〜開発・活躍から今後〜 』



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