新幹線もそうですが、地元名鉄も今が車両の世代交代の時期です。2006年に『利用しやすい特急列車』の整備を目的とした特急政策の見直し案が発表され、それに準じて現在の名鉄特急というのは従来から大幅に姿を変えようとしています。内容としては、 | |||||||
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というもので、これに伴って | |||||||
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というような整備計画が発表されました。現在この計画は着々と進行中です。注目すべきは1000系の廃車もそうなのですが、それよりも1600系を組成する3両のうちでク1600が廃車となることです。登場から僅か9年でその役目を終えるというのは、とても勿体無い感じがしてなりません(汗)。計画案が発表されてからも、つい最近まで元気に走っていた1600系。しかし、とうとう彼らに改造工事を受ける時期がやって来てしまいました。 2008年06月末のダイヤ改正で全ての編成が定期運用を離脱し、先に1601F+02Fが砂入信号場(通称:枇杷島剞)にて方向転換を行った後舞木検車場へと入場。残された1603F+1604Fは三河線猿投検車区に疎開留置という措置が取られるも、猿投の2編成も間もなく舞木検車場へと入場することでしょう。 そんな中で名鉄からある衝撃的な発表がありました。何とあの1600系のさよなら運転を我が地元三河線内で執り行うと言うのです。しかも撮影会付きとくれば、これには驚く他ありません。そして、地元で行われるからには当然出撃。1600系としての最後の勇姿を存分に見届けて来ました。という訳で、前置きが少々長くなりましたが、その1600系引退記念列車の走行で盛り上がったイベント当日の名鉄三河線の雰囲気を少しでもご覧の皆様に感じて頂ければと思い、このように特集として公開することにした訳です。区分としては単なる撮影日記ですが、密度の濃い内容となっていますので、是非とも最後までご覧下さいね。 |
13-2.滑り込みの撮影 |
土橋には10時57分の発車ギリギリに到着しました。しかし、当初は間に合わないだろうと考えていたので間に合っただけでも良かったです。息つく暇もなくカメラの設定を調整し、下り副本線からの発車を撮影。やはり前パンの車両は迫力がありますね。それにしても、列車の中の混雑度は半端なかったです。首都圏の通勤ラッシュ並みの混雑度でした(汗)。特別車は本来全席指定なので、最大でも座席の定員を超えることはない訳ですが、13日に限っては自由席扱い、つまり当該区間に有効な乗車券を持ち合わせていれば乗車可能ということだったため、これほどまでに乗車率が高かったという訳です。撮影のみの行程にしたのもそのため。本当は乗りたいという思いもあったのですが、身動きの取れないような車内にいてもどうしようもないですしね。 |
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13-3.返しも望遠で |
土橋のすぐ西で列車を見送った後は、知立で折り返してくる同列車を狙うためすぐさま移動。次は三河八橋周辺の踏切へ向かいました。三河線というのは基本的に北東−南西の向きに線路があるため、知立から豊田方面に向かう列車を順光で撮れる場所というのは数少ないんですよ。今回この場所を選んだのも、線路がほぼ東西に向いていてギリギリ光が当たってくれるかなと考えたからなんです。到着後すぐに警報機が鳴り、列車が茂みの奥から1600系が飛び出してきました。今回はしっかりと陽も差してくれましたし、上下左右の空き具合なども良い感じなので、迫力満点な1枚になったかな。 |
←↑ 三河線三河知立〜三河八橋間にて |
13-4.大盛り上がりの撮影会 |
1往復目の復路を撮影し終えると、撮影会に出向くべくまた再び土橋へ。途中で昼御飯を食べつつ駅に向かうと、もうそこは普段の三河線の光景ではありませんでした。大盛況なのがよく分かりましたね。まずは敷地外から構内の様子を数枚撮影。三河線ならではの光景も撮りたかったので、豊田線の100系とも絡めてみました。その後は行先幕をいろいろ変更してくれているという話だったので、急いで駅の入口へと向かいます。すると、始めは団体幕だったのがいつしか『快速特急中部国際空港』行に変更されていました。 |
駅に入ると人の多さにさらに驚きつつも人混みの間から下り副本線に停まっている1604Fを狙いました。最初撮影していた時は『快速特急中部国際空港』行で、撮影している間に今度は『準急』に変更。普段は見られない組合せだけあってこれはおいしかったですね。行き先の変更に合わせて車内の案内表示も変わります。車内は『準急中部国際空港』行でした。 |
行先案内は数分おきにどんどん変わっていたように思います。幕が変わる度に歓声が湧き上がるという場面も見られ、本当に大盛り上がりな状態でした。『急行』幕の他にも側面の案内は『準急豊橋』や『特急弥富』などなど、どれも1度も使われたことがないような貴重な組み合わせばかりで、居合わせた人々を釘付けにしていました。 |
やはりやってくれると思いましたよ。さすが名鉄ですね。これにはもう唯々びっくりするしかありません。現在の三河線は普通列車しか走っていないので、『特急猿投』という幕を実際に見ることは出来ないからです。高が幕ではありますが、それでも普段は決して見られない組み合わせのため、それだけで嬉しくなってしまうものです。こうして僅か40分程度ではあったものの、土橋での熱い撮影会は終了。次は2往復目を迎え撃つため、竹村近くの沿線へと移動を開始します。 |
13-6.終着駅、猿投 |
一番最後の回送はやはり猿投で撮影するのが一番ではないかと思ったのです。猿投ならば入れ替えも見れますし。駅に着いたのは13時50分頃。既に相方の1603Fがパンタを上げて待機中でした。駅周辺を眺めつつも、結局はホームから撮ることにして入場券を購入。硬券だったのが何とも嬉しかったです。そんなこんなでしばし休憩していると、いよいよ1600系の到着時刻に…。踏切の警報機が鳴り響き、回送幕の1604Fが猿投へと帰って来ました。逆行気味ではありましたが、何とか撮れたので一安心。けれども、忙しいのはここからです。入れ替えを撮影するために、駅の北側の踏切まで大急ぎで向かいました。炎天下の中で突っ走ったので、本当に疲れました(汗)。 |
駅の北の踏切を渡り、1604Fの入れ替え作業が終了。最後はパンタグラフを上げて待機中の1603Fの手前で停車し、連結を行います。 |
作業員さんの誘導で慎重に連結作業が進められていきました。1回完了したものの、どうやら何かイマイチな点があったようで再び切り離してもう1度連結。駅員さんも見守っています。すると、5分程で2回目の連結作業が完了。今度はOKだったようです。それにしても、1600系回送の後走りの猿投行も凄まじい混み具合でしたね。列車が到着して多くのファンがホームに降りる姿が遠くからでもよく見えました。 |
こうして1603+04Fのパン下げと共に本日のさよなら運転の全行程が終了し、漸く私も一休憩。後は歩道橋の上から数枚編成写真を撮影して私も帰宅したという訳です。 |
▼.あとがき |
こうして1600系は多くのファンに見送られながら、遂に最後の営業運転を終了。後は舞木検車場への回送を待つのみとなりました。最後の豊田市行の車内では車掌氏の肉声でさよなら運転ならではの車内放送もあったようですね。今回のさよなら運転にご一緒して下さった皆様、本当にお疲れ様でした。そして、ご一緒して下さってありがとうございました。また機会がありましたら、是非宜しくお願い致しますね。 デビューから僅か9年足らずでさよなら運転を迎えるというのはあまりに短過ぎる気がしてなりませんが、これも時代の流れ。1600系というのは新幹線で言えば500系のような車両でしょうか。1600系は当時の最新技術を駆使して造られた車で、1601FのみN700系と同様の空気ばねによる車体傾斜装置も実験的に取り付けられていました。改造されるだけなので完全に車両自体が消滅してしまう訳ではありませんが、それでも1600系という形式は消滅してしまいますし、外装も変わってしまいます。私にとって1600系というのは名鉄の中で一番好きな車両であるだけに、残念でなりません。しかし、3両編成全車特別車特急としての引退の花道をこういった形で華々しく飾ってくれたことはとても嬉しく思っています。ましてや運転路線が地元の三河線ということで、その感慨はより深いものとなりました。後は、1600系としての最後の仕事である舞木検車場への回送を是が非でも記録して、1600系としての最後の姿を見送りたいものです。 これからもご来訪下さる皆様方のご期待に添えることが出来るように努力して参りますので、当サイトを末永く宜しくお願い致します。 |
2008.07.14 THE SUPER EXPRESS since 1964 管理人 YOS |
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