*** CONTENTS *** 01.March Onward 02.Try My Best 03.Decisive Stage


*** 遠征旅行記執筆にあたり ***
 今から27年前の1994年07月15日、東北新幹線での輸送力増強を目的に、新たな新幹線車両が登場しました。「Multi Amenity Express」ことE1系『MAX』。新幹線史上初の全車両2階建て構造や、200系と比較すると格段に向上した車内環境は当時多くの人々の注目の的になったことでしょう。2003年から2006年に掛けて内装の改良と共に紫苑ブルーに朱鷺色のラインをあしらった外観へ塗装が変更されると、その後は『MAXとき』や『MAXたにがわ』として上越新幹線内限定で活躍を続けてきました。しかし、2012年03月のダイヤ改正でE5系が東北新幹線にて活躍の場を広げると、余剰となったE4系が上越新幹線への転属を余儀なくされ、とうとうE1系にもその余波が及んでしまいます。同改正によってE4系に押し出される形でE1系の定期運用は減少し、04月にはM1編成とM2編成が順次廃車・解体の路を辿ることになってしまいました。
そして2012年07月、とうとう2012年09月29日のダイヤ改正を以ってE1系が定期運用を終えることが明らかになったのです。そこで、余命幾許も無いE1系の勇姿を少しでも多く捕えようと、2012年の夏は08月14日から2泊3日の旅程で上信越地方への遠征旅行を計画。E1系と併せて200系やE4系も可能な限り沢山記録して来ました。内容盛り沢山な遠征旅行記ですので、是非とも最後までご覧下さいね。

 では、まず最初は2012年08月14日分の撮影紀行である『進撃編』からです。 

14-1.10年振りの燕三条
 出発は13日の深夜でした。長野道〜北陸道経由で未明には新潟県入り。途中のSAで暫し時間調整の後に燕三条へと向かいます。晴れていれば長岡界隈に出撃予定だったのですが、この日は悔しくも雨模様だったので、急遽予定を変更したのでした。燕三条には2002年頃に一度訪れてはいたのですが、それ以降全くのご無沙汰でしたので、およそ10年振りの再訪になりますね。今まで越後湯沢〜新潟間には10両編成の列車しか乗り入れていなかったため、浦佐以北ではホーム両端は封鎖状態。どの駅でも満足な撮影はほぼ不可能と言っても過言ではなかったはずです。そんな中、2012年03月のダイヤ改正を機に念願叶ってE4系P編成が16両(8両編成×2)で新潟まで乗り入れることになり、開業30年目にして初めてホーム端まで行くことが出来るようになりました。
 07時過ぎに現地入りすると、最初の標的1310Cを狙うべく早速ホームへと上がります。順光側の上りホームからの眺めはまずまずといったところでしょうか。防音壁が邪魔で編成写真を写すことは出来ないので、ここは顔を強調した縦の構図で狙うことに。
 ← 308C 1310C →   
 奮戦の結果、308C、1310C共に無事納得のいく一枚に仕上げることが出来ました。晴れてくれていれば尚良かったのですが、そこは仕方ないので妥協することにしましょう。1310Cを狙い終えると、312Cを挟んで、次はいよいよ定期列車で唯一同駅を通過する314Cを迎え撃ちます。この314Cは、新潟〜東京間ノンストップの列車として有名ですよね。
春の改正でK編成からP編成に運用が変わってしまったのが惜しいところではありますが、それでも停車列車ばかりの燕三条では貴重な本線疾走風景であることに変わりはありません。09時09分、緊張の面持ちで待っていると、P6編成が勢い良く構内に突入して来ました。
314C →   
 結果は無事成功。貴重な一本だったので、ほっと一安心です。とはいえ、のんびりと構えている余裕はありません。314Cを仕留めると急いで撤収作業をし、次は足早に上りホーム東京寄りへ。今度は8分差でやって来る305Cを捕獲します。反対側に着いて体勢を整えるや否や丁度雲の切れ目から陽の光が射したとあらば、気合いもより一層入ります。迫り来るK46編成を前にとにかく大急ぎでピントを合わせて、いざ勝負!!
 ← 305C
 貴重な晴れカットを押さえることが出来、本当に良かったです。この後はまた再び曇ってしまったので、急いだ甲斐がありました。305Cを見送ると続いても本命の列車がやって来ます。1307C、今度はお待ちかねのE1系です。構図を12両に合わせて、待つこと暫し。
1307C →   
 09時37分に姿を現したM5編成。惜しくも曇ってしまいましたが、ピント等での人為的なミスはなかったので、ほっと一安心です。一本前の305Cで晴れカットを撮れてしまった故に、晴れて欲しかったという想いはやはり捨てきれませんでしたが、それは致し方のないこと。この構図でE1系を狙うことが出来た期間自体一年無いことを思えば、良い記録になったことは間違いないでしょう。
 1307Cを無事仕留めた後は一時間弱の休憩を挟んで309Cと313C、それに311Cを狙います。東京〜新潟間ノンストップの313Cは失敗してしまったのですが、それ以外の二本は何とか捕獲に成功しました。


 ↑ 309C


 ↑ 311C
 迫力の面では8両単体の方が勝っていますが、日中の乗車率からするにP編成の重連運用はいつまた見られなくなってしまうやもしれません。当たり前の光景である今のうちに、一枚でも多く撮っておかないとなぁと改めて感じたひとときでもありました。311Cの入線風景を仕留めると、これにて燕三条からは撤収。続いては、当初行こうと計画していた場所の下見をしつつ、午後の決戦に備えて浦佐へと向かいます。
14-2.浦佐の決戦
 途中沿線に寄り道していたこともあり、ホームに上がったのは15時前。次の標的は8367Cです。しかも、K47編成が充当されていたとあらば気合いも一層入りました。遠方在住の身としては、越後湯沢以北で本線を疾走する同編成の勇姿を捕えられるとあらば願ったり叶ったりですよ。一発本番だったので、構図の後ろに少し余裕を持たせて準備完了。15時28分…遠くにK47編成の姿を確認すると、いよいよ決戦の瞬間を迎えます。
 ← 8367C
 余裕を持って準備した甲斐あって、無事満足いくカットに仕上げることが出来ました。本線を勇走するK47編成、格好良いですよね。もう一度願いが叶うのであれば、次こそは晴れた日に狙いたいなぁ。こうして最初の標的を狙い終えると、今度は1327Cとして下1番線に入線して来たK51編成を捕獲します。さらにその後続を走っていたP52編成も迎撃。後者のP編成は車両運用の都合による臨時回送でした。


 ↑ 1327C


 ↑ 9719C
 9719C通過時には雲間から陽の光も降り注ぎ、良い感じに仕上がりました。こういった臨時回送は大半が大宮〜新潟間ノンストップなので、昼間の撮影にはもってこいですね。これも繁忙期の撮影ならではです。
 9179C迎撃の後は、一休みを挟んでP+P編成重連運用の1329Cを狙います。14日はP51編成が新潟寄り8両を、P16編成が東京寄り8両を受け持っていました。16時36分、P51編成を先頭に圧巻の16両編成が下1番線へと差し掛かります。


 ↑ 1329C


 ↑ 331C
 太陽高度が少しずつ落ちてきていたものの、防音壁の影が車体に掛かることもなく無事納得の一枚を撮ることに成功。東海道新幹線では見慣れている16両編成ですが、2階建車のE4系となるとまた話は別格です。その迫力は700系やN700系を遥かに凌ぐものですからね。越後湯沢以北でこの勇姿を見られるようになったのは非常に嬉しいことですよ。
 30分後の331Cでは発車風景をパチリ。こちらも趣のある一枚に仕上がったので満足しています。そして、331Cが下1番線を発つと、いよいよ14日の締めでもあり、この浦佐における一番の標的でもある6333Cの通過が30分後に迫っていました。331Cが発車して間もなく太陽は山の端へ隠れ、日没に向けて辺りは徐々に暗くなっていきます。17時41分、日没直前にM3編成が遠くに姿を現すと、遂に決戦の時がやって来ました。
6333C →   
 かなり緊張しましたが、失敗することもなく無事に撮影成功。14日の日の入りは6333Cの通過時刻よりも遅かったので、劇的に暗くなることはないだろうと踏んではいたものの、OLYMPUS使いの身にはそれなりに苦戦を強いられましたね(汗)。それでも何とか被写体であるM3編成は止まってくれたので、嬉しく思っています。この時間まで粘った甲斐がありました。こうして6333Cを無事仕留め終えると、14日の活動もこれにて終了です。あとは17号線を南下しながら予約してあった越後湯沢の宿へと向かいました。




 
当初は一日雨模様も覚悟しなければいけない天気予報ではあったものの、蓋を開けてみれば午後は何とか持ち堪えてくれたような気がします。惜しくもK47編成通過時は曇ってしまいましたが、それでもホーム端まで行けるようになった浦佐以北でゆったりと腰を据えて撮影すること自体が初めてだったので、それなりに収穫はあったと思います。さて、翌15日は願い通り天候は回復してくれたのでしょうか。それを綴った次の『奮闘編』も是非続けて御覧下さいね。
*** 進撃編 終 ***



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